あけましておめでとう2025
本年も真夏にあけましておめでとうございます。
コロナですっかりビール熱も・・・、いやいや、やっぱり好きなんだなあと。
強羅でこんな贅沢をしたり。今まで食べたステーキで一番かも。


新しく出来たbreweryに出向いてすっかり当たり前のジャンルとなったヘイジーっぽいビールを飲んだり。


旅先で朝から飲むのが相変わらず幸せだったり。

夜の晩酌も相変わらずだったり。

ビール飲み始めたころは、breweryや直営とかだとパイントでも7~800円くらで飲めたりしたなあとしみじみしたり。


実を言うと、ベルギーに行った時に一番美味いと思ったのは、DE・KONINCKだったなあと振り返ってみたり。

VERTEREいつのまにか凄くなったなあ、と偉そうに思ってみたり。



Sさんに今度は絶品の11°をいただいて、また感激。本当にこれも美味しかったなあ。11°ってこれだよ、っていう。毎日こんなの飲めたらなあ。なんだろう。12°と11°はやっぱり違うし、違うべきなんだよね。


あけましておめでとうございます&チェコビール
すでに明けきっているどころか、今年も2/3を終えるところですが、何卒よろしくお願いします。
2019年にチェコ在住のHさんとの「Vinohradsky Pivovar」飲みでご一緒して以来、2度ほど東京でビールを飲んでいるSさんがチェコでわざわざ私のために購入して持ちかえってきてくれた一品。750mlの瓶。重くて扱いにくいのに大変恐縮です。

そして、結論から言うと、さすがSさん、ありがとう!というしかない、完璧なチェコの正統派(?)ラガー。

栓を開けたとたん、あっ、チェコのラガーだという香りがして、それだけで感動してしまう。香りが抜群に良くて、ホップの苦みしっかりかつ、ボディとのバランスがとれていてくどさが全く無い。素晴らしく美味しいビール。最後に口の中に広がる甘さが何とも贅沢な気分にさせてくれる。いやあ、こういうの飲んでしまうと、チェコ行きたくなるよなあ。


いずれ、私の壮大な(?)計画を披露したいのだが、計画が実現するのにあと15年はかかるかな。まあ、ビール飲んで、ブログを細々と続けながら気長に計画を練りますか。

旅行記過去分
https://czechbeercrawl.hatenablog.com/archive/2019
https://czechbeercrawl.hatenablog.com/archive/2018
https://czechbeercrawl.hatenablog.com/archive/2017
https://czechbeercrawl.hatenablog.com/archive/2016
https://czechbeercrawl.hatenablog.com/archive/2015
https://czechbeercrawl.hatenablog.com/archive/2014
ビールを飲みながらプロレスについて考えたみた
コロナが急速に拡大して緊急事態宣言が発令された後、当然の如く外飲みができなくなったのだが、良くない(?)習慣として家での晩酌がスタートしたのだ。食事のお供になるビール一缶はそれまでもマストであったのだが、それに加え寝る前に「お酒に向き合う時間」ができてしまったのだ。

最初は外での一人飲みの時のように考え事をしながら束の間の一人の時間を楽しんでいたのが、途中からパソコンでYou Tube を見るようになり…。それまでもYou Tubeで音楽を聴くことは時折あったのだが、コロナ禍でいろいろ考えているとなぜか昔のことを思い出したりして。そう言えば、小さいころ聞いたもしくはメロディーを口ずさんでいたあの音楽はなんだったかなあ、大好きだったプロレスのあの試合を見てみたいなあと。メロディーのうろ覚えでネット検索してYou Tubeで辿り着いて感動したのはスターダストレビューの「今夜だけきっと」。あと、和田アキ子の「だってしょうがないじゃない」もそうだね。えっ、和田アキ子だったの?って。1976年生まれの私でも和田アキ子に歌手のイメージなかったもんなあ。
そういう感じでずっと頭に引っかかっていたのがプロレスの試合。大ファンであったジャイアント馬場がハーリーレイスとの試合でロープ際で河津掛け落としをしようとしたところ、ロープをつかまれて一人頭を打って、レイスがそのままトップロープに上がろうとして…。この流れは正確に覚えていて、時折思い出すの。実際に試合を見たのか、来週の予告みたいなので見たのかさえ定かではない。でも、レイスがトップロープに上がっていこうとしたということは…。

私の記憶とプロレスはほぼ同時期だと考えている。幼稚園の時に「ゴング」ともう一冊のプロレス雑誌があって、友達の家で見たり(おそらくその家のお父さんのものだと思う)、幼稚園から始めた楽器の習い事の帰りに母を待つ間、近くの本屋で雑誌を立ち読みしていたことをしっかり覚えている。はたまた、盲腸になって入院した時にお見舞いに先生が持ってきたのがプロレス雑誌であったりもしたのだ。正確に何歳というのは覚えていないが、これだけでもプロレスファンとしては”エリート”であったと自負していいのではないか。ミズーリ州セントルイス、ジョージア州アトランタ、テキサス州はダラス、ヒューストン、サンアントニオ、フロリダ州はセントピーターズバーグ、テネシー州はメンフィスで、ソルトレイクシティなんてオリンピック前に知っている日本人はほとんどいなかったんじゃないかな。小学生で当たり前のように知っていたプロレスから広がる世界。「プロレスは八百長だ」とか、「なんでロープに振られて返ってくるのか」といったよくあるプロレスに対する見方や疑問など私にとっては愚問に過ぎなかったのである。ある意味、生まれた時からプロレスをそのまま受け止めていのだから。フォークを人の体に突き刺したり、手から火を出して相手に投げつけたり、流血しながら相手にむかっていったり、まだ人生が始まったばかりの人間がそんなものを見てしまっては、それを超えるものなど他にあろうことかと。まあ、同時並行で「ハイジ」や「ミツバチハッチ」「母を訪ねて3000里」等も同じように感情移入して見ていたのんだけどね…
偉そうなことをつらつらと書いたのだが、私のプロレス人生は意外と短く、経験値もそれほど高くない。プロレス生観戦は小さいころに家の近くのスーパーの駐車場に来た一度と鶴田超世代軍以降に武道館や後楽園ホール足を運んだ数回。プロレスラーに実際に触れたのはその駐車場大会でラジャ・ライオンとした握手のみである(ある意味プロレスマニアからは羨ましがられるかな)。あっ、グアムで偶然出くわした蝶野とは握手したんだっけかな?その後一時期プロレスから離れるのだが、単純に小学生途中から習い事やスポーツその他諸々視界と行動範囲が広がったことに加え、プロレス番組が子供が起きていられない時間帯に移行したことが原因である。中学途中になって夜更かしができるようになってプロレスへの興味が復活したのだが、結局、ジャンボ鶴田が戦線を離脱したことで再び熱が冷め、極めつけはジャイアント馬場の死であろう。これを機に全くプロレスに興味が無くなってしまった。ジャンボ鶴田が亡くなった後も超世代軍が激しい試合をしていて素晴らしかったのだが、何かプロレスが”軽く”なったような気がしてしまったのだ。その後社会人になって2度ほど人に連れられてプロレス観戦をしたのだが、遠い目で眺めた記憶しかない。そこには小さい頃に私を惹きつけた何かがまるで欠落していた。いや、私の感性が欠落していたのかもしれない。ミスター高橋の暴露本もあったが、読もうという興味さえ失われていたのである。

そんな中、「Gスピリッツ」なる本の存在をいつからか知って読むようになり、自分が大好きだったころのプロレス欲を満たそうとするようになった。最近ではYou Tubeで選手その他いろいろな語り手が出てきたこともあり、「昭和プロレス」の大枠はある程度掴めるようになった。事実は一つであり、真実は人それぞれ。どこかで聞いた格言めいたものであるがまさにその通りで、だからこそ未だにあーだこーだ言って楽しめるのであろう。
総合格闘技がブームになろうが、プロレスはエンターテイメントだとか言われながらも、昔自分が見たプロレスは今You Tubeで見てもやっぱり面白い。そう言えば、時期シリーズの来日外国人選手でお馴染みの「カクトウギのテーマ」が坂本龍一作だったなんて、本当に最近知ったよ。もちろん、そんな曲名だったってことも。ハーリーレイスがギャラクシーエクスプレスに乗ってNWA世界王座のベルトを腰に巻いて不機嫌そうに入場してくる姿、それだけでもうお腹一杯になれるのだ。私が見てた時のチャンピオンはリックフレアーだったので、実際にレイスのNWAタイトル戦はリアルでは見たことがないはずなんだけどね。でも、レイスとフレアーでは格が違うんだよね。レイスは「抜かずのナイフ」を持っているの。いざとなったら‥という怖さを醸し出していてね。フレアーにはどうもそれが感じられなくて好きじゃなかったなあ。フレアーの一番好きな試合は北朝鮮の猪木戦かな。あれは良かった。お互いに。そうそう、You Yubeを見て改めて感心したのはアブドーラ・ザ・ブッチャーだね。日本はもちろん、アメリカ各地、カナダ、プエルトリコ、どこのテリトリーでも戦い方を変えず、高いクオリティの試合をしていたの。ブッチャーの評価変わったなあ。シカゴのアンフィシアターでの馬場との試合なんて、プロレスの教科書みたいなもの。メインがバーン・ガニアとニックボックウィンクルのAWA世界戦で、馬場VSブッチャーなんて当地では何のストーリーもなかったはずなのに、大流血試合で最後は結構な盛り上がりを見せていたしね。馬場もブッチャーが相手だと動きがいいし、ブッチャーも馬場に対してガンガン行くからスイングするんだよね。ブッチャーのランニング・エルボードロップが一試合であんなにたくさん出た試合なんて他にないでしょ。馬場もよく受けたよなあ。実際、まともにくらいすぎて幻のスリーカウントがあったけど…。

そんなわけで馬場が河津掛け落としを失敗し、結局レイスの凄い角度のダイビングヘッドバッドを食らってPWF王座から転落した試合は1982年の帯広でのことだが、You Tubeで発見した時は感動したなあ。一度さわりを見ただけで40年近く頭に残っていたんだから。では、私が最も好きな試合はどれか。それは1984年の蔵前国技館におけるジャイアント・馬場VSスタン・ハンセン。馬場がジャイアントスモールパッケージホールド(?)でハンセンからまさかのピンフォール勝ちをしてPWFを奪回した試合。何度見ても感動する。あの試合にはプロレスのすべてが詰まっているんじゃないかな。馬場VSハンセンはどれもいい試合だったけど、その中でもあの試合は特別。私が全日好き、とりわけ馬場好きってことを割り引いたとしても。
プロレス好きというと、全日派か新日派かなんていうのもあったみたいだけど、私の頃はもうそんなのはなくて、少なくとも私の小学校では生徒の一部に私のようなファンが学年に何人かいたくらいだね。初代タイガーマスクが活躍していた時期(VS小林邦昭の頃)だけど、小さい子みんながファンていうような時代ではなかったなあ。「プロレスかあ」ってな空気はもう当時からあったし。ちなみに、どうも新日がだめだったのは、何かアスリートのように動いて、最後はクルクルクルってあっさり終わってしまうような印象があったから。綺麗過ぎるというか。全日は外人も多かったし、言い方は悪いが何か胡散臭くて、非日常的で、それでいて大らかな感じが良かったのかなあ。そして、この感性が私の根本であるのだろうと。
ビールなソーセージ屋さんの密かな野望?
久しぶりに国立にある「ノイフランク」へ。以前書いたように、ここは私の好きなビールのお店の中でもトップランクに位置している。と言っても、別にHP等で大々的にビールにこだわっていることを謳っているわけではない。簡単に言えば、ソーセージ屋さんがイートインでビールも出しているだけなのだ。

ドラフトはラガー系とヴァイス系の二択。もちろん、スタートは「Bidburger」。

ソーセージとのセットビールはグラスでの提供。ルフトハンザでチェコに行くたびに機内でよく飲んでたなあ。

次に何飲もうかなあと思って冷蔵庫を見に行くと、以前にも増して様々なビールが…。しかも、アメリカ等では一周回ってラガーに脚光が浴びるようになってきているらしいということは何となく知っていたのだが、このお店でそれを目の当たりにすることになろうとは。


オレゴンにある 「Break Side」のラガーを。アメリカのクラフトラガーなんて初めて飲んだよ。全く柑橘かぶれ(?)することのない、予想を裏切るごく普通のしっかりとしたラガー。

写真を撮り忘れてしまったのだが、今回も、ビールを飲みながら、焼き・ボイルのソーセージをこれでもかというくらい堪能したのは言うまでもない。絶品のバター入りプレッツェルと共に。私個人としては、ビールとのペアリングなんていうのはう~んといった感じで正直ピンとこず、ビールを好きになるにつれ、ビールはそれだけで味わうのが本当は一番なのではないかと思うようになった。でも、まあ、ビールとソーセージの相性について聞かれたら、「流石ドイツの食文化ですね」とでも言ってしまうんだろうなあ。ビールが美味くて、料理も美味ければ何の問題もないんだよね。

続いては「シュナイダー」のヴァイツェンボックを。私が普段飲まない系であるが、たまにはいいよね。

最後にカナダにあるブルワリーのラガーを。缶の下の方に「Lezak」の文字が…。きっとチェコのラガーをトレースしているのだろう。

久しぶりに訪れたら、更にビールへの傾斜が強まってきているような。しかも、他のビールのお店とはやや異なった路線。これはまた来なくちゃね。

と思って再訪しようとしたら、HPに当面休業になる旨のお知らせが・・・。残念だなあと思いながらも同じ国立あたりでビールをとインターネットで検索したところ、「KUNITACHI BREWERY」なる醸造所ができていて立派なレストランが併設されているとのこと。まあ行くよね。駅からそこそこ歩いて、HPで見た通りの立派な建物の中へ。


中も明るくて解放感があり、とてもいい感じ。最初は一番飲みやすそうなケルシュから。実を言うと、未だにケルシュというもののスタンダードがどんなものなのかわかっていない。やっぱり、一回ドイツに行かないとなあ。

イングリッシュビター。イギリスのパブで飲んだようなほぼほぼ麦茶的なものではなく、しっかりとしていて甘味もある。

最後はヘイジー。衣にビールを使った天ぷらは食感が良くて美味しかった。パイントで大体1,000円くらいと、昨今のビール事情から考えると比較的リーズナブルかな。近くにあったら食事をしながらゆっくり飲むのにいいかも。

隣が醸造所。ここでも飲めるのかな?最近はBREWERYが増えているから、どこか行ったときに少し調べればご当地のビールが飲める。これって結構すごいことなんじゃないのかなあ。アメリカにはまだまだ及ばないものの、日本でもクラフトビールの文化が少しづつ根付いてきたのかもしれない。あとは価格だよね。気軽に飲めないと、結局一部の愛好者の飲み物に留まってしまうんだよなあ。それでいいという考え方もあるとは思うんだけど・・・。

あけましておめでとうございます
年が明けて随分経ってしまいましたが、今年も何とか継続していくつもりです。あまりネタがなく更新も限られますが、ビール以外の趣味(?)であるプロレスや金融についても少し書いてみるつもりです。たまに自分の書いた旅行記を読み返してみるのですが、今更ながら”形”にしておいて良かったと感じます。おそらく私が訪れていないこの数年でもチェコのビールシーンに変化は生じているでしょうが、変わっていること、そして変わらないことを楽しむことができればいいですね。

旅行記過去分
https://czechbeercrawl.hatenablog.com/archive/2019
https://czechbeercrawl.hatenablog.com/archive/2018
https://czechbeercrawl.hatenablog.com/archive/2017
https://czechbeercrawl.hatenablog.com/archive/2016
https://czechbeercrawl.hatenablog.com/archive/2015
https://czechbeercrawl.hatenablog.com/archive/2014
エビス ホップテロワール
いつものように某OKストアに買い物に行き、重たいものから順番なので真っ先にビール売り場を目指すと、変わったエビスが。最近はエビスもいろんなの出してるし、特段気にかけることもないのだが、ザーツホップうんぬんの文言が目に入ってしまい‥買いました、6缶パック。初物は2缶が通例なのだが、なんとなくのジャケ&衝動買い。

いや、良いです。ザーツホップ単独だからかどうかはわからないけど、チェコで飲んだことがあるようなややくせのある風味、そして後を引く苦味。結構ピリピリしたのが最後に残るね。欲を言えばもう少しモルトの感じが強い方が好みかな。少し前に買った気がするメルツェンにも同じことが言えるんだけど、ドリンカビリティ重視であっさり目なの。この風味を出してくるんだったら、もう少し”もっさり”してても逆にいいのではないかと。まだ1本目なので、次に飲んだら印象が変わるのかもしれないが。
偉そうな事言ったけど、十分良いです。期間限定かあ。もっと買っておけば良かった‥
ピルニーピヤーク 泉岳寺
初めてのチェコ訪問を前に、チェコのビールを飲んでみようと思い立って足を運んだのが当時神田の高架下にあった「tail’s ale house」。一人でビアバーなるものに入ったのはこの時が初めてだったはずである。そして、初めてのUrquellは日本のラガーを飲み慣れた、いや、ほぼそれしか飲んだことのない私にとっては、薬っぽいというか、埃っぽいというか、とにかく、すっとは入ってこない奇妙な飲み物であった。その後、チェコ訪問を経て、本郷に今も健在な本店(?)にしばしば通うことになったのはチェコビール好きとしては、まあ、そう驚くことのない自然の成り行きとでも言ってよいのだろうか。まだ、その当時はビールを飲みに行くことへのアンテナは大して高くなかったので、日々インターネット検索をして情報を仕入れるなんてことは当然なく、Urquellを飲もうかなと思えば迷うことなく本郷三丁目に足を運んだものである。横浜の天王町に「Pivo屋」なるお店があることはこれも自然の成り行きでなんとなく認識していたのだが、東京に住んでいる自分が他県の天王町という全く知る由もない場所を訪れることになるまでにはいくらかの時間とチェコビールへの傾斜が必要ではあった。一度お店を訪れてしまうと、金曜夜に仕事を早めに片付けて、まるで密航者の如くそわそわしながら開店に間に合うように天王町を目指すようになったのは言うまでもない。もう、その頃には「tail’s ale house」、「Pivo屋」を始め、週一はラガー系を、週一はIPAを主としたクラフトビールを、週一は会社の同僚と居酒屋飲みを、さらに週末には山に行きがてらそこから近いビール屋をと、とにかく”忙しい”日々を送るようになっていたのだった。






そのうち、いつの間にか「Pivo屋」は閉店し、その一方で街にはUrquellが溢れかえる状況となり、そんな中コロナが世界を覆い尽くし、ようやくそれも落ち着きを見せたのでビールを飲もうと思ったら、そもそもなぜ自分がそんなにビールを好きになったのか、何が私を10度もチェコを訪れさせるように駆り立てたのか不思議でしょうがなくなった。なんてことを幾ばくかの郷愁をもって振り返ろうと思っていたら、今回のお題のお店に出くわすことに。前振りが長すぎるね。インターネットの検索でひっかかってとりあえずと思って行ってみたら「Pivo屋」の店主がいらっしゃってびっくり。久しぶりの感覚が戻ってきて、当時と同じく6杯いただいたのであった。

